引っ越し

今も転勤族という言葉はあるのだろうか?

僕たち一家は父の仕事の関係上いろんなところに引っ越した。

小中学校で6回転校を経験した。

同じ兄弟でも妹は転校を嫌がったが僕は転校のたびに理由はわからないがワクワクした気持ちになった。

おなじ兄弟でもこうも受け取り方が違うのかと子供心に不思議に思ったものだ。

転校が決まると普通はどのような受け取り方をするのだろう。

同じように転校が多い子と話したことがないのでノーマルな反応というのがわからない。

妹は友達と離れたり馴染みの土地から離れることが嫌だったようだ。

もちろん僕も全く嫌ではなかったかと言うとそんなことはない。

しかし、それよりも新しい土地に移るという事の高揚感のほうが勝っていたのだ。

新しい土地を想像すると、イージーライダーに出てくるような、どこまでも続く地平線と真っ青な空、大きな雲、まっすぐに伸びていくロードが頭の中に広がった。

引越しをするのは3月か9月の初めが多かった。

小学生の時は友人、中学生になるとガールフレンドとの別れ。

引越し前の一大イベントだ。友人たちは僕のためにサイン帳や色紙の寄せ書きを用意してあった。
中には手紙をくれる女の子もいた。

僕らは再開を約束し別れを告げる。すぐに遊びに来るからと。

実際僕は再開の約束をほとんど律儀に果たした。

学校が変わり遊びが変わった僕たちは再開を果たしても価値観が変わりすぎてしまったのだろう、以前よりスムーズに会話も進まず、あれほど熱中した遊びも色あせて感じた。
共有していた大事な空気がそこには存在していないことを改めて思い知らされた。
もう、取り戻すことが出来ないことも分かった。

ほとんどのケースの場合、一度再開を果たしても上のような理由で再度会うことはなかった。
その事を悲しいこととは思わなかったし当然の事のように感じた。

新しい土地へ出発するのは何故か夕方が多かった。
車のなかが暗くなっていく。
膝の上を流れていく街灯の明かりをぼんやり見ている。
どんどん数えきれ無いくらいの数が流れて行く。
今までいた土地から新しい土地に移動していく。
仲の良かった友達を思い出しながら、その記憶を少しづつ窓から投げ捨てていった。

新しい土地につき、引越し業者が引き上げていく。
学校に通い始めるまでに数日間余裕がある。
午前中は引越しの片づけを手伝い、昼ご飯を食べ終えてから散策に出かける。

当時の僕にとっては大冒険だ。
ポケットにはジュースとお菓子を買えるほどの小銭を入れる。
記憶では雨だったことは一度もない。
大人になった今でもその時の興奮、空気の匂い、温度、風景、を鮮明に覚えている。
これがのちの僕の根幹をなす性質にかなり影響を与えたのは確かだ。

放浪癖。

移動し新しい土地に一歩踏み入れる快感はこのころの記憶に依るところ大きいだろう。
旅で、一番高揚感でみたされるのは、熱帯地方に到着して飛行機から降りた瞬間に濃密な甘ったるい湿気たっぷりの空気に身体を包み込まれた時だ。
これは決して寒い地方ではいけない。
引っ越した時期がいつも暖かい季節だっだ事も関係しているのであろうか?
引越し好きなのも、影響の一つだろう。
1か所に長く住んでいると飽きてしまう。
だいたい2年位経つとむずむずしてきて、どこか楽しい場所はないかと次に住む場所の候補を探し始める。

もう一つ。これは旅していて初めて気が付いたのは、自由に動けない状態に堪えられないこと。
自由に動けない状態とは、何日までここにいなければならないという制約や勝手に外へ出られないといった状態。
これは仕事でスイスに山奥に住んでいるときに気が付いた。
山奥だから車を運転できない自分は誰かに連れ出してもらわないと一日家から出られない。この不自由さ、相手の優位性が物凄いストレスであった。
加えて、一年契約という事でそこにいなければならないと言う束縛。
しらない間に鬱になっていた。

束縛という事で言うと、
仕事でも恋人でも家でも縛られたくない。縛られている状態は一種、閉所恐怖症のような圧迫感に近いものを感じてしまう。

三つ子の魂百までと言うが、おっさんになってしまった今でもこれは続いている。

そして先日次の引越し先を決めてきたところだ。
場所は久米島。
初の沖縄滞在。
仕事もまだ決めていない。

どうなることやら。

なんくるナイサーの精神でいけば大丈夫さ!

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